「先生、コレステロールはどこまで下げればいいの?」
診察室でよく聞かれる質問です。以前は「LDL(悪玉)コレステロールは140未満ならOK」と言われていた時代もありました。それが「120未満」、「100未満」と徐々に厳しくなり、今では高リスクの方なら「70未満」が推奨されています。
「どんどん厳しくなって、ついていけない…」とお感じの方も多いでしょう。でもこれには、ちゃんとした理由があるんです。
最近の研究では、「コレステロールは低ければ低いほど良い」という考え方がどんどん強くなっています。私たち医師の間では「The Lower The Better」と呼んでいますが、これは単なる流行ではなく、しっかりとした科学的根拠に基づいています。
今日はその最新の研究成果をわかりやすくお伝えしたいと思います。
コレステロール研究の集大成「CTTメタ解析」
まず押さえておきたいのは、「CTTメタ解析」と呼ばれる大規模研究です。世界中のスタチン(コレステロール低下薬)に関する臨床試験のデータを、オックスフォード大学の研究チームが集めて総合的に分析したものです。
このCTTメタ解析で何がわかったかというと、LDLコレステロールを1mol/l(約39mg/dL)下げるごとに、心臓病や脳卒中のリスクが20~25%も減ることが証明されたのです。
例えば、LDLコレステロールが140mg/dLの方が、お薬で100mg/dLまで下げれば、心筋梗塞や脳卒中などの危険性が4分の1も減るということです。これは決して小さな効果ではありません。
最近の研究ではさらに驚くべき結果が次々と報告されています。
「低すぎても大丈夫?」FOURIERが教えてくれたこと
「コレステロールを下げすぎると、脳に悪影響がないの?」「ホルモンが作れなくなったりしない?」
こんな不安をお持ちの方も多いです。確かに、人間の体にとってコレステロールは必要な物質です。でも、「必要な量」と「血液中の量」は別問題なんですね。
2017年に発表されたFOURIER試験では、スタチンに加えて新しいタイプの薬(PCSK9阻害剤のエボロクマブ)を使うことで、LDLコレステロールを平均30mg/dLという超低値まで下げました。一般的な健康診断では「70未満」でも「低い」と言われるのに、その半分以下です!
「そんな低くして大丈夫なの?」と思いますよね。結果は驚くべきものでした。副作用は増えることなく、心臓病や脳卒中のリスクはさらに減ったのです。しかも、下げれば下げるほど効果が高まるという結果でした。
ちなみに、赤ちゃんの頃のLDLコレステロール値は30mg/dL程度と言われています。私たちの体は、もともとコレステロールが低い状態で問題なく機能するようにできているのかもしれません。
「薬を重ねても効果あるの?」IMPROVE-ITの答え
次に紹介したいのは、IMPROVE-IT試験です。この研究では、スタチンだけで治療している方に、エゼチミブ(ゼチーア®)という別のタイプのコレステロール低下薬を追加したらどうなるかを調べました。
エゼチミブは腸からのコレステロール吸収を抑える薬で、スタチンとは違う仕組みで働きます。この研究の結果、エゼチミブを加えることでLDLコレステロールがさらに24%下がり、心臓病や脳卒中のリスクも減ることがわかりました。
つまり、「コレステロールを下げる」という目的のために薬を重ねても、ちゃんと効果があるということです。言い換えれば、LDLコレステロールという数値そのものが大切で、どんな方法で下げるかは二次的な問題だということが示されたのです。
「でも、薬ばかり増やすのは…」と思われる方もいるでしょう。その気持ちはよくわかります。大切なのは、患者さん一人ひとりのリスクに合わせた治療選択です。リスクが高い方ほど、積極的な治療の恩恵が大きいのです。
「誰が一番恩恵を受けるの?」ODYSSEY OUTCOMESの教え
最後に紹介するのはODYSSEY OUTCOMES試験です。この研究では、実際に心筋梗塞や不安定狭心症を経験した高リスクの患者さんを対象に、アリロクマブというPCSK9阻害剤をスタチンに追加する効果を調べました。
特に興味深かったのは、治療前のLDLコレステロールが100mg/dL以上だった方々での結果です。こうした方々では、アリロクマブによる心臓病や脳卒中の予防効果が特に大きかったのです。
このことから分かるのは、コレステロールが高ければ高いほど、強力に下げる治療の意義が大きいということです。これは当たり前のようで、実は非常に重要なメッセージです。
「じゃあ、私はそこまで下げなくてもいいのかな?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、誰でも年齢とともにリスクは上がります。今は健康でも、将来のために適切な管理を始めておくことが大切です。
私たちの診療方針:一人ひとりに最適な「低め」を目指して
これらの研究成果を踏まえ、私たちのクリニックでは「より低いほど良い」という考え方に基づいた治療を提供しています。ただし、「全員が同じ目標値」ではなく、状況に合わせた目標設定をします。
例えば、すでに心筋梗塞を経験された方は、積極的にLDLコレステロールを50mg/dL未満という低い値を目指すことも検討します。一方、リスクが低い方なら、生活習慣の改善を中心にした穏やかなアプローチでもよいでしょう。
治療法も一人ひとり異なります。スタチンを中心に、必要に応じてエゼチミブ(ゼチーア®)を追加。さらにリスクの高い方には、PCSK9阻害剤という強力な治療も選択肢に入れます。
もちろん、お薬だけが解決策ではありません。健康的な食事や適度な運動は、どんな治療でも基本中の基本です。当院では管理栄養士による食事相談も行っています。
「コレステロールの薬は一生飲み続けるの?」という質問もよく受けます。研究結果からは、長期間継続して服用されることをお勧めしています。なぜなら、お薬を中止するとコレステロール値が再び上昇し、それまでに得られた健康上のメリットが次第に失われていくからです。特に血管の状態を良好に保ち、健康な毎日を長く続けるためには、定期的な通院と共に、お薬による治療を継続することが大切です。もちろん、その時々の状況に応じて、薬の種類や量を見直すこともあります。大切なのは、「お薬を飲むこと」が目的ではなく、「健やかな生活を送るため」のサポートとして、あなたに合った治療を続けることです。
最後に
ここまで「データ」「研究」と色々お話ししてきましたが、「コレステロールの話、難しくてよくわからない…」そう思われた方も多いかもしれません。大丈夫です。わからないことは何でも聞いてください。納得して治療に取り組めるよう、私たちはサポートします。コレステロール治療に関する不安や疑問をお持ちの方は、ぜひ当院にご相談ください。
赤羽ハート内科クリニック
院長 古谷野康記